マウスピース矯正で歯が動く理由は、
歯に持続的かつ計画的な力をかけることで、
歯槽骨と呼ばれる歯を支える骨のリモデリング(再構築)が起こるためです。
これは、生体が持つ自然な「骨代謝」と「細胞の働き」を利用して歯を動かす生理的なメカニズムに基づいています。
1. 基本原理:持続的な力と骨のリモデリング
歯は、歯根膜という薄い膜を通じて歯槽骨とつながっています。
この歯根膜には血管や神経が通っており、圧力や引っ張る力に反応します。
マウスピース矯正では、透明なアライナーが歯列全体に少しずつ変化を加えながら装着され、それにより特定の方向に持続的な力が加わります。
この力が加わると、歯根膜の片側には「圧迫」が、もう片側には「牽引」がかかります。
このとき、以下のような骨の代謝が起こります。
• 圧迫側:骨を吸収する細胞(破骨細胞)が活性化し、骨が溶かされる
• 牽引側:骨を作る細胞(骨芽細胞)が活性化し、新しい骨が形成される
この骨吸収と骨形成が繰り返されることで、歯はゆっくりと理想的な位置へと移動していきます。
2. マウスピースの仕組みとプログラミング
マウスピース矯正は、あらかじめ3DスキャンやCTデータを使って歯の動きをシミュレーションし、それに基づいて複数のアライナーを段階的に作成します。
各アライナーはわずかに形が異なっており、1枚あたり0.2〜0.3mm程度の動きを想定しています。
たとえば、歯を前に出す場合、その方向に向かって歯を少しずつ押すような形状になっており、装着している間中、絶えず微弱な力が歯に加えられています。
このようにして、10〜14日ごとにアライナーを交換し、段階的に歯を移動させていきます。
3. ワイヤー矯正との違いとマウスピースの利点
ワイヤー矯正でも同様に歯に力を加えて動かしますが、その方法は「ワイヤーとブラケットによる牽引力」によるものです。
対して、マウスピース矯正は、口全体を覆う透明な装置によって「歯列全体に広く均等に力をかける」ことができます。
また、マウスピースは取り外し可能で、食事や歯磨きがしやすく、審美的にも目立ちにくいというメリットがあります。
ただし、装着時間が短いと十分な力が加わらず、予定通りに歯が動かないこともあるため、1日20〜22時間以上の装着が推奨されます。
4. 補助装置の活用と力の制御
歯の動きには回転、傾斜、挺出(ていしゅつ:歯を上方向に引き出す)、圧下(あっか:歯を下方向に押す)など様々な種類があり、マウスピースだけでは制御が難しい場合もあります。
そのような場合には「アタッチメント」と呼ばれる小さな樹脂突起を歯に貼り付け、マウスピースがより効率よく力を伝えられるように工夫されています。
また、ゴム(エラスティック)を併用することで、上下の歯列間の引っ張り力を追加し、噛み合わせや顎の位置も調整することが可能です。
5. 歯が動いた後の安定化(保定)
歯の移動が完了しても、歯槽骨や歯根膜が完全に安定するには時間がかかります。
そのため、動いた歯が元の位置に戻らないように「リテーナー」と呼ばれる保定装置を装着する必要があります。
リテーナーの装着期間や方法を守ることも、矯正治療の重要な一部です。
まとめ
マウスピース矯正で歯が動くのは、継続的かつコントロールされた力が歯に加えられ、その力が歯槽骨のリモデリングを引き起こすからです。
この生物学的な現象を利用し、マウスピースを段階的に交換することで理想的な歯並びを目指すのがマウスピース矯正の仕組みです。
精密な計画、正確な装着時間、補助装置の活用などが、成功の鍵となります。
歯科衛生士.Y